たしか三島由紀夫の「青の時代」に死刑と仮出所なしの無期懲役の話が載っていたように思う。このときの東大法学部に在籍している主人公の話では、死刑ではなく仮出所なしの無期懲役を選べないのは服役囚の管理を適切に行えないことを露呈しているという議論だった。
でももう少し公共の福祉という観点から考えてみると、違った事実が浮かび上がってくる。
試算によると、アメリカや日本の場合、服役囚一人あたりを一年間刑務所に入れておくための費用はだいたい一千万円くらいになる。これは結構驚きの事実だ。実際よく考えてみると、設備としては非常に頑強で警備の行き届いた刑務所の建設や維持、囚人数人に対して一人程度の監視・管理人。教育、食事、仕事、娯楽の提供。これだけ手厚い看護ではおやすくなるはずがない。いたずらした子供を押入に閉じこめておくのとは訳が違うのである。
仮に30歳の時に懲役20年を食らったら彼・彼女にかかる費用は2億円にも達する。マスコミによると、だいたいサラリーマン一人が一生かけて稼ぐ給料が2~3億といわれているが、20年間でそれに匹敵する費用を生産なしで消費していくと考えると、囚人を再教育して社会に送り返しても、消費した分を稼ぐことはできないだろう。不景気の時に、軽い犯罪をして刑務所に入れてもらった方が楽であると言っている犯罪者をたまにメディアで見かけるが、あながち非合理な行動というわけではないということだ。
そう考えると、マスコミの論調に乗って、厳罰化を叫ぶことは正直な話賛成できない。実際犯罪者の厳罰化が誰を苦しめるかというと、犯罪者でもなくマスコミでもなくもちろん被害者でもなく、納税者の懐だからだ。むしろさっさと社会復帰してもらってまっとうに生きて税金をきっちり払ってもらった方が社会のためにも市民のためにも良いに決まっている。
少年犯罪に厳罰化を求める声も同じように理不尽なもので、成人したときにきちんと働いて社会貢献できるという見込みがあるならば、そちらに期待した方がよっぽど社会のためになるだろう。厳罰化しても、起こしてしまった取り返しのつかないことがらについては、うっぷんばらしをしてもどうしようもないのではないだろうか?もちろん犯罪者に対して怒りをぶつけ、みんなで連帯感を得るのが安上がりでお買い得なエンターテインメントであるというならそうであるのかもしれないが、所詮は第三者など関係者にとってはうっとおしいだけの野次馬的存在でしかない。
仮出所なしの無期懲役については、、、もうわかると思う。もう二度と刑務所から出てこられないことが確定しているなら、われわれが彼・彼女のために2~3億円を負担してあげられるかどうかだけにかかっている。