December 12, 2003
女性のために、女性のための。

「女性のための、とか女性のために、と作られているものほど女性に有害なものはない」と、平塚らいてふが語ったように、この手の枕詞は「力や根性のない、情緒的な、社会的に身分が低い」とほぼ同値だったりする。これと同じような言葉に「私大文系のための」というのがあるが、これも「論理的にものを考えられない、学力の低いおばかさんのための」と同じである。こういう言葉を書籍やテレビ番組のサブタイトルで見るに、腹が立たないのかなと思うが、言われている本人たちがありがたがっているのなら、こちらで気を遣う理由もないが。
それはともかく、ここでは男性から見た女性、に関することを何回かに分けてぼちぼち書いてみようかと思う。
ウェブ上にあって読みやすい、女性から見た男性への要望というのは理系のための恋愛論なんかがあるが、単なる関白宣言にとどまっているうえに、自分たち女性の心理ですらきちんと把握できていない。むしろ理解することを投げてしまっている傾向がある。それはそうだろう、女性だからといって女性全般の心理を理解できるなんてのは嘘で、書き手の研究能力に強く依存するのだ。だから、もともともてない男性がここに書いてあるように振る舞ったとして状況が改善されるとは思えない。仮にモテる男が読んでもより一般的に女性を理解するなんて当然無理だ。研究の浅さがどういう点に起因しているかというと、彼女が単に自分の身の回りの狭い範囲のことを情緒的に、うすっぺらく表層をなぞって書いているからだろう。もちろんそういう告白を初めて見るような人たちにとっては新奇性があるだろうが、ただそれだけだ。自分の身近から外挿して新しい理解にたどり着こうとかいうことがないので、彼女自身を含めて、過去の文章に登場した彼女の周りにいる女性を口説くときですら役に立たない。こういう傾向は田口ランディなど、ウェブ上で駄文を書き並べているひとと一緒で、ただ消費するために文面を書いてあるだけで、それで何らかの役に立てていこうとか、その文章で自分の主張を表現した結果、得することがあるように、などと考えられていない。逆に言うと、彼女を口説くときに彼女がこうしてほしいとかああしたらいやだと言っているのを最大限尊重しても、実際はなんの足しにもならないのだ。残念ながら昔から言われているように、女がぐちゃぐちゃ言うのはお高くとまりたいからだ、の域を出ていない。

この先の話は、斉藤美奈子「モダンガール論」を読んでからにしよう。今月文庫落ちしたようなので。

Posted by senyo at December 12, 2003 11:41 AM
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